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「遷延性意識障害」4人に聞く/患者、家族へのまなざし  河北新報より

     

 

 

病気や事故などで脳に重い損傷を負った遷延性意識障害の人たち。

家族らの介護を受けて生きる姿は、支え合う社会のありようとは何か、人間の生き方とは何かを私たちに問い掛ける。

ノンフィクション作家の柳田邦男さんら4人にインタビューし、連載「いのちの地平 『植物状態』を超えて」で明らかになった医療、福祉の課題や患者に向けるまなざしを聞いた。(「いのちの地平」取材班)


◎寄り添うとは/「生きている」尽くせる喜び/松本サリン事件の被害者、妻を14年間介護・河野義行さん

1994年に起きたオウム真理教による松本サリン事件の被害者、河野義行さんは、サリンによる無酸素脳症で遷延性意識障害になった妻澄子さん=2008年、60歳で死去=を14年間、介護し続けた。

特異な経過をたどった事件に翻弄(ほんろう)される中、澄子さんとどう向き合ってきたのか。現在、鹿児島市で暮らす河野さんを訪ねた。

-長野県松本市から、なぜ転居したのですか。


「2010年に私が還暦を迎えたことと、妻の三回忌を区切りに人生をリセットしようと思い、それまでの環境を切り離せる場所に移った」

-介護生活の様子を教えてください。

 

「施設や病院が中心だったが、正月と夏休みは自宅に連れて帰り、息子や娘2人とともに過ごした。施設や病院には、講演などで出張がない限り、勤務後の夕方に毎日出向いた。自宅に帰ってきたような感じで、いつも『ただいま』と言って病室に入った」


「病室にいられるのは2時間ほどだったが、体をマッサージしたり、顔に化粧水を塗ったり、その日の出来事や子どもの話をしたりした。月に1度は顔パックや口紅も施した。音楽や、掃除機の音などの生活音が収録されたCDを一日中流し続けたし、アロマセラピーもした。とにかく脳に刺激を与えようと努めた。妻は電子オルガンの教師だったので、コンサート鑑賞のため、東京のホールに連れて行ったこともある」

-事件の特殊事情もあって、心労が多かったのでは。

 

「最初の入院から3カ月後、医師に『やることは全部やった。移ってほしい』と言われた。まだ私が犯人扱いされていたころで、逮捕されるのではないかという話も出ていた。もし、そうなったら『犯罪者の妻』を受け入れてくれる先があるのか、誰が妻の面倒を見るのか不安だった。14年間で最もつらい時期だった」


「妻を治すんだ、治るんだという希望を持ち続けてきたが、08年6月、医師に『余命は長くて90日』と告げられた。『ついに、そういう時が来たのか』とショックだった一方で、『本当によく頑張った。ご苦労さま』という気持ちにもなった」


「それまでは『治ったら旅行に行こう』などと妻に話しかけてきた。余命を告知されてからは『3人の子を立派に育て上げた。もう何の心配も要らない』と、安心させるような言葉をかけ続けた。妻が思い残すことがないようにしたいと思った」



遷延性意識障害という生の在り方を、どう考えますか。

 


「事件の前年、会社の同僚が会議中に倒れる出来事があった。私がソファに寝かせ、すぐに救急車を呼んで一命は取り留めたが、意識不明が続いた。奥さんから『夫の命を助けていただいて、ありがとうございました』と感謝された。しかし、病院で夫の体位交換やおむつの取り換えなどに追われる奥さんの姿を見て、『自分は余計なことをしてしまったのではないか』『奥さんの謝意は本心なのだろうか』という疑問を持ち続けていた」


「その疑問は、私が事件に巻き込まれてから消えた。自分が奥さんと同じ立場になって、愛する人に尽くせることの喜びと、愛する人がそばにいて、生きていてくれることが自分が生きていくための希望なんだと、はっきり気づいた。『妻のためにも、不当な犯人視に負けるものか』という力をもらった」


-澄子さんの生が、大きな意味を持っていたのですね。

 


「『ああいう状態の奥さんを、よく(人前や報道機関に)さらせるものだ』と言う人もいたが、隠さなければならない理由はない。『意識がないだけで、普通に生きている人と変わりない』と思っていた。そうした考え方で妻に接し続けた」


「私にとってあの事件とは、妻の回復を目指した闘いだった。亡くなってしまえば、闘うこともできない。妻が亡くなった時に、私の中で事件は終わった」


<こうの・よしゆき>

愛知県豊橋市出身。

名城大理工学部卒。

地下鉄サリン事件を中心に事件、事故被害者の支援を続けているNPO法人リカバリーサポートセンター顧問。

2002~05年に長野県公安委員を務めた。62歳。

 

 

◎向き合うとは/範囲狭めず、治す挑戦必要/広南病院院長、宮城の患者数調査・藤原悟さん

 

広南病院(仙台市太白区)院長で日本意識障害学会理事の藤原悟さんは河北新報社と2010年、遷延性意識障害に関する調査を実施し、宮城県内の患者数が968人に上ることを明らかにした。

全国初の患者救済制度「宮城県遷延性意識障害者治療研究事業」の創設に尽力した東北大医学部教授、故鈴木二郎氏の門下生でもある。

30年にわたり患者と向き合ってきた藤原さんに今後の課題を聞いた。

 



-「植物状態」と呼ばれる人たちを本格的に取り上げるのは、1973年の連載以来です。

 


「39年前は遷延性意識障害が全く未知の領域で、患者家族の救済の色合いが濃かったと思う。最近は一般の人たちの医学知識が向上し、理解度も格段に上がった。脳卒中は単一臓器の疾患としては最も罹患(りかん)率が高く、寝たきりの高齢者の4割を占める。連載を通じて、誰もが重度の意識障害の患者、介護者になりうると伝わったのではないか」


「1年前に発生した東日本大震災は、社会が失いかけていた支え合いの心の大切さをあらためて教えてくれた。遷延性意識障害が社会問題になった39年前は、高校生の街頭募金活動にまで発展した。大震災はかつてのように、患者、介護者への思いやりの心を取り戻すきっかけになるのではないか」



-宮城県実数調査への反響は。

 


「昨年9月の日本意識障害学会で調査結果を報告した。各地で同じような調査を実施したい、検討するとの反応があり、全国調査への期待が膨らんだ」


「今後の社会支援の方向付けにもなった。高齢、脳卒中で回復率の低い患者と、環境が整えば長期間生存でき、改善が期待できる若年の患者と分けて支援策を考えなければならない。国に対しても画一的ではない、個別の事情に即した支援を求める必要がある。医師と遷延性意識障害患者の家族でつくる団体で、各地に専門の相談役を配置する準備も進めている」



-「植物」という表記に家族の7割が抵抗を感じています。

 


「1973年からしばらく、問題への理解を深めてもらう狙いもあり使っていたのかもしれないが、呼び方としては非常にまずい。かといって遷延性意識障害では、どのような状態なのか分かりにくい」


「定義も実態にそぐわない。患者には健常者と同様に睡眠、覚醒のサイクルがあり、決して回復不可能ではない。日本意識障害学会に呼称、略称、定義を早急に討議することを提案した」



-遷延性意識障害に対する医療関係者の認識に変化はありますか。

 


「依頼を受け、昨年10月に仙台外科医会で講演した。遷延性意識障害と脳死の違い、要因が突然の心肺停止や自殺未遂、医療事故など、脳神経外科医以外でも患者と向き合うことがあることを説明した。『医師でありながら理解が不十分だった』との感想があった」


「講演依頼はほかにもあり、今後も理解を深めてもらえるよう訴えていく。(病院に併設する)東北療護センターが20年の試行錯誤で蓄積した看護や介護の技術を機会があれば広く伝えていきたい」



-医療現場の課題を教えてください。

 


「現代医療は極論すれば、確実に治る患者を選んで治療している。行政主導の医療保険点数による誘導で効率優先になっている。最先端の技術を提供する医療機関は範囲を狭めず、少しでも治せるような挑戦をしていかないといけない」


「今の医療レベルで回復が難しくても、家族会アンケートの記事で全国遷延性意識障害者・家族の会の桑山雄次代表が訴えていたように、『障害を重くしないための寄り添う姿勢がほしい』との声を、医療現場の人間は尊重しなければならない」



<ふじわら・さとる>

仙北市出身。

東北大医学部卒。

同大大学院博士課程修了。

東北大講師、広南病院副院長などを経て、2004年から現職。

専門は脳神経外科。

62歳。

 



◎支えるとは/相手の立場で考える余裕を/医療をテーマにした数々の著作を発表・柳田邦男さん

 



ノンフィクション作家の柳田邦男さんは、次男が脳死状態になった経験を基にした「犠牲(サクリファイス)」をはじめ、医療をテーマにした数々の著作を発表してきた。

死者・行方不明者が約2万人に上る東日本大震災の被災地にも足を運んでいる。

さまざまな「いのち」と向き合ってきた柳田さんに「生きる」を支える社会の在り方とは何か、聞いた。

 



-著書「人生やり直し読本」の中で、意識はあるが発語機能の失われた「ロックトイン症候群」の天畠大輔さんを紹介しています。

 


「天畠さんは14歳のとき、医療ミスで心肺停止になり、脳にダメージを負った。医師が『この先ずっと植物状態が続く』と診断しても、母親は『分かっているに違いない』と語り掛けを続け、五十音を一字一字確認していくコミュニケーションの手段を見つけた。突破口を開いたのは、母親の愛情だった」


「天畠さんの脳は、言語を理解し、考える機能を維持していた。問題は一般的な患者の例から医学が『意識は戻らない』と判断してしまうこと。知識の枠の中で患者を見てしまう。専門家の陥りやすい落とし穴だ」



-天畠さんは大学に進学したそうですね。

 


「24時間介助が必要な天畠さんのために、大学の仲間たちがボランティアグループをつくった。ノートをとり、復習を手伝い、送り迎えまでした。グループは百人規模になり、天畠さんだけではなく障害のある学生をケアする取り組みを学内に定着させた。重度の障害があっても支えがあれば、知的生活を獲得できる。ボランティアの若者たちも実践を通して学んだことは大きいと思う」



-遷延性意識障害の患者家族の多くは、医療や福祉に切り捨てられたと疎外感を抱えています。

 


「連載でも、看護師が『介護する人に介護が必要なんじゃないの』と冷たく、突き放すような言葉を投げつける場面が出てくる。自分の体力や精神力の限界を価値基準にし、自分だったら、家族だったらと一人称、二人称の立場で考えるゆとりを失っている」


「その無神経さを私は『乾いた冷たい三人称』と呼んでいる。今の社会、それが支配的になっているが、乗り越えるには『困っている人が自分の家族だったら』『自分自身がその立場だったら』という考えを持つこと。すると言葉遣いが変わってくる。三人称の専門性は残しながら、一人称、二人称の立場を配慮して向き合う。これを『潤いのある二・五人称』と呼んでいる」



-東日本大震災で、社会の在り方や、人の生きる価値観が根源から問われています。

 


「高度経済成長を優先し、犠牲が出ても見て見ぬふりをした結果、水俣病の惨禍は広がった。その反省として私は『困っている1人のために99人が配慮する社会が求められている』と訴えた。大震災が起きた今こそ、その問題意識はすごく重要だと考えている」


「社会にはびこった効率主義も問い直したい。医療や福祉の世界にもどんどん入ってきている。例えば、寝たきりで体が動かなかった人が1年間マッサージを受け、立てるようになる。それは効率には合わず、経営的には無駄ということになる。しかし患者側にすれば無駄ではなく、明日の生活が明るくなるか暗くなるかの大問題だ。数字で評価できないものを排除するのではなく、当事者の生活や人生観に寄り添った『ナラティブ』(物語性)を大事にしたい」



-著書「犠牲」で訴えたかったことは。

 


「25歳だった息子が脳死状態になり、亡くなるまでの11日間は、本当に密度の濃い時間を過ごした。息子は何も話さないけれど、『会話』がものすごくあった。『おやじは作家なんて言っているけれど、本当に人の苦悩なんて分かっているのか』と突きつけてくる。こっちも必死になって考える。息子の肉体が発する無言の問いかけはすごく重みを持っていた」


「血中酸素濃度の変化で『会話』する家族のエピソードが連載で紹介されていた。すごくよく分かる。医学では、それは単なる生理現象、データでしかないが、人生を共有してきた家族にとっては、どんなことでも意味を持っている。ナラティブの世界だ。ケアをする側も、患者や家族の物語性をくみ取り、きょうを生きるいのちの糧にしてほしい。それは『宗教的な世界』とさえ、表現できると思う」



<やなぎだ・くにお>

栃木県生まれ。

NHK記者を経て、災害、事故、科学、医療問題などをテーマに執筆。

最近の著書に「『想定外』の罠(わな) 大震災と原発」などがある。

75歳。

 



◎伝えるとは/知ることで何かが変わる/漫画「新ブラックジャックによろしく」で患者の様子描く・佐藤秀峰さん

 



人気漫画「新ブラックジャックによろしく」には、遷延性意識障害患者と家族、ケアする看護師らが登場する。

一連の作品で、医療現場に渦巻く矛盾や葛藤を鋭く描いてきた作者の佐藤秀峰さん(東京都)を訪ね、遷延性意識障害をめぐる表現者としての思いを聞いた。

 


-遷延性意識障害の患者を作品に登場させたきっかけを教えてください。

 


「臓器移植を作品のテーマにするため、脳死について勉強したことがきっかけだった。脳死と、いわゆる植物状態が異なることを知り、それが一般的にも十分に理解されていないことを知った」


「自分の周囲にも『植物状態になったら、家族に迷惑をかけたくないし、臓器を取ってほしい』などと何の気なしに話す人もいた。脳死からの移植への賛否もあるが、脳死と遷延性意識障害との違いを、まずはしっかり伝えなければならないと思った」


-作品では、患者や病院の様子が綿密に描かれています。

 


「遷延性意識障害の患者が入院する病院を取材した。患者は、枕の位置が合わないと嫌な顔をしたり、家族が話しかけると穏やかな表情になったりした。ちゃんと意思はあるけれど、表現がうまくできないだけ、という印象を受けた。植物状態という言葉のイメージとは大きく異なった」


「ただ、患者はどうしても動きが少ないので、感情のある様子をいかにリアルに描くか苦心した。それまでの作品は、海上保安庁の潜水士たちの活躍を描く『海猿』など、アクションシーンの多いものが大半。寝ている患者をさまざまな角度から描き、物語の展開を工夫することで動きや感情を補った。小さな表情変化、病室の様子などの細部にもこだわった」



-短期間で退院を迫られるなど、多くの患者や家族は追い詰められた状況にあります。

 


「患者を取り巻く状況を知り、弱い者を切り捨てる仕組みになっているんだな、と率直に思った。医師らの関心が薄い上、熱心に取り組む医療者も十分に評価されない。悪循環が続いている」


「無駄な延命治療だ、本人がかわいそうだ、などと言う人もいる。遷延性意識障害の患者たちは、意思があっても自由に表現できない。そういう人から自己決定権を奪っていいのかと思う」



-「ブラックジャック」シリーズには、未熟児など、弱い立場に置かれたさまざまな患者も登場します。

 


「問題意識は本当に身近なところから生まれる。漫画家って、部屋を借りようとしても不動産屋が貸してくれないことが多く、まっとうな社会人じゃないと思われている面がある。自分も自然と弱い立場に立って考えてしまう」


「重い病気や障害のある人を、医療によって無理に生かす意味があるのか、などと言う人がいる。医療行為を否定して、まったく医療の世話にならない人なら別だが、現代医療を享受している限りは、そう言う資格はないと思う」


-作品に遷延性意識障害を取り上げたことの意味をどう感じますか。

 


「作品を手がけるまで、『植物人間』という言葉は使うべきではないことは認識していたが、遷延性意識障害という名称も知らず、全般的に認識が不十分だった。無知であることの怖さを実感した」


「漫画は娯楽だし、なければ生きていけないわけじゃない。だからこそ、敷居が低い。多くの人が知ることによって、変わる何かがある。知ることから始まると思う」



<さとう・しゅうほう>

北海道生まれ。

武蔵野美大中退。

1998年、「週刊ヤングサンデー」に掲載の「おめでとォ!」でデビュー。

主な作品に「海猿」「ブラックジャックによろしく」「特攻の島」など。

38歳。

 

 

ニュースがまちがった日―高校生が追った松本サリン事件報道、そして十年

 

 

壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)

 

 

犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)

 

 

ブラックジャックによろしく(1) (モーニングKC (825))

 

 

 
 
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[ 2012/02/08 23:17 ] 障害科学 | TB(1) | CM(0)
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