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命を守る教育:3・11から1年/上 子供たちの津波避難 近くの高台探し苦闘 /宮崎 毎日新聞より

 

東日本大震災から11日で1年。

多くの命を奪った津波の猛威を教訓に、長い海岸線を持つ県内では、教育現場を中心に防災マニュアルの見直しや避難訓練への取り組みが進む。

ただ、海からの距離や高台の有無などそれぞれ地理的条件は異なり、対応に苦慮している学校は少なくない。

津波から子供たちをどう守るか。

命を守るための教育は。

現状を報告する。

 

「訓練、訓練、日向灘沖で大きな地震が発生しました。津波が来る恐れがあります」

 

昨年10月の昼休み、延岡市立東海東(とうみひがし)小(347人、海抜約2・7メートル)の校内に、避難を促す放送が響き渡った。

県教委が、災害の危険度が比較的高い小中高校10校を選び、抜き打ちで実施した避難訓練だ。

 

当時、子供たちは教室やグラウンド、体育館などに散らばっていた。

校舎南側には放送そのものが届かなかった。

教師がせきたて、全児童が校庭に集まったのは3分後。

そこから約1キロ離れた高台の避難場所、国道バイパスまで全員で走り続け、避難完了を確認できたのは20分29秒後だった。

 

同小は海から約2・7キロ。

「規模によっては最悪の場合10分以内に津波が到達する恐れもある。これでは間に合わない」。

松尾利久校長が渋い表情を浮かべた。

 

同小は震災直後の昨年4月、初めて津波を想定した避難訓練を行った。

当初は校舎3階(海抜約11・7メートル)を避難場所にしていたが、市が東南海・南海地震の津波に対する安全な高さの目安を「11・5メートル」としたため、余裕がないことを不安視。

周辺で唯一高い、約1・8キロ離れた障害者施設(同19メートル)に変更した。

しかし教職員が実際に歩いたところ、大人の足でも約30分かかった。

 

避難場所を見直し、学校と施設の中間にあるバイパスに定めたものの、バイパスは手前の地点で海抜約12メートル。

校舎3階と高さがあまり変わらないことが判明し、結局、校外に避難することを取りやめた。

松尾校長は「移動時の危険性を考えればやむをえない。誰もが安心と言える場所は近くになく、子供たちの命を第一に、私たちが決断しなければならない」と判断の難しさを吐露する。

 

子供たちへの意識付け、という新たな課題も浮かび上がった。

抜き打ち訓練は、避難場所やマニュアル再点検などの調査を目的にしており、県教委が宮崎市のNPO法人「みんなのくらしターミナル」(初鹿野聡代表)に委託して実施。

その際の10校の児童・生徒を対象にしたアンケートによると、「逃げるときはできるだけ海岸から遠くへ逃げた方がいい?」との質問に、小学生の91%、中高生の92%が「はい」と回答。

「遠くよりも近くの高台」との正しい認識が広がっていないことがわかった。

 

「逃げるときはいち早く高いところへ逃げて。遠くじゃないですよ」。

宮崎大の村上啓介准教授(水工学)は5日に宮崎市立木花小であった下校時想定の避難訓練で強調した。

通学路を点検した長友ゆり香さん(5年)は「3階建てでも土地が低いと危ないので、普段から高いところを見つけておかなければ」と話した。

 

初鹿野代表は「子どもたちに恐怖をあおり続けても、怖い記憶は忘れようとするから意味がない。日常の中で自分はどうするか、体験を通じて考えさせることが大切だ」と指摘する。【百武信幸】

 

毎日新聞より

 

 

 

 

 

がれきの中の天使たち 心に傷を負った子どもたちの明日

 

 

どんなに恐ろしかったかいいたいんだ


 
 
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[ 2012/03/12 03:31 ] 東北大震災と発達障害 | TB(0) | CM(0)

光なき不安 音なき恐怖 障害者たちの3.11 河北新報より


東日本大震災では、多くの障害者も被災した。障害者は障害の種類や重さによって、避難する際や避難所でさまざまな困難に直面する。宮城県内の視覚障害者、聴覚障害者の体験から、震災時の障害者支援を考える。

◎視覚障害者/津波は音もなく来た

視覚障害者の越中美智枝さん(59)は3月11日、宮城県石巻市中里の自宅で地震に遭った。


激しい横揺れに、座っていても体がずるずると動いた。物が落下し、背後の食器棚の中で皿や茶わんが次々と割れる音がする。「危ないと思っても動けなかった」。座布団で頭を守った。


揺れが収まると、100メートルほど離れた中里小に小学2年の孫娘(8)を迎えに行こうと白杖を手に外に出た。


網膜色素変性症のため、40歳前後で視力を失った。健常者の夫(65)と2人暮らし。求職中の長女(32)に代わり、放課後の孫の世話をしていた。
玄関を出ると、大津波警報の発令を知らせる放送が聞こえた。ほどなく戻った長女の車で夫と学校へ。孫を乗せて日和山に向かったが、渋滞で断念し、学校に引き返した。
学校には既に大勢の住民が避難していた。「寒いから」と近くに止めた車中にいた。


しばらくして長女が異変に気付いた。「皆が体育館に逃げてる。水がすごい」。膝まで水に浸かって校舎に移動しながら「津波なんて半信半疑だった。水は音もなく来たんだ」と思った。


水かさは増し、学校は孤立状態に。1300人が避難し、廊下にも人があふれた。「人が多くて杖もつけず歩くことができない。トイレに行くのもままならずつらかった」。携帯電話は通じず、同室の人のラジオが唯一の情報源だった。
学校を出たのは地震から3日後の14日。水が引かず、土手に渡した幅30センチの板を歩いて脱出した。 ( 続きを読む )



   
 

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[ 2011/05/11 18:12 ] 東北大震災と発達障害 | TB(0) | CM(0)
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